漫画イベント会場にて |
―――――そこから、北京の大学に入学されたのは、どういう考えだったのですか?
もともと高校を卒業したら、日本で大学に行こうと思っていました。ただ、帰国子女を受け入れている大学の中で、中国語を認めているところがあまり多くなかったんです。あっても、限られた私立大学だけで、国立はもちろんなくて、選択肢があまりないことがわかりました。さらに帰国子女を受け入れている学部も商学部や経済学部、経営学部ぐらいしかありませんでした。それもあって、日本の大学で4年間過ごすよりは、中国で大学に行ったほうが面白い体験ができるんじゃないかと思ったんです。それに、日本の大学生って毎日適当に授業に行って、バイトして、そのお金で遊んでいるだけといった、つまらなさそうなイメージだったこともあります。それで、高校の時とは異なり、北京留学は自分の意思で決めました。大学先も貿易、経済に興味があったのと、中国の経済を知りたかったので、一人でネットで情報を調べて対外経済貿易大学に決めました。
―――――北京の大学には自分の意思で決めたんですね。来る前は、どういった大学生活を送ることを夢見てたんでしょうか。
高校は小さなコミュニティーに閉じこもっていて、そこから飛び出す勇気もありませんでした。せっかく中国に来たのに中国人の友人も作れず、中国語も3年かけたほどの能力もない。このまま帰るのは中途半端だなという後悔がずっとありました。再び甘い環境になるのが嫌で、上海ではなく、全く知り合いもいない新天地の北京に行こうと思ったんです。だから、北京で最初に思ったのは、高校の時に出来なかった中国人の交友関係を築くことでした。
あと、当たり前ですけど、中国語能力をあげること。でも、中国語を会得することが目的なのではなく、中国語で何かできるようになることでした。正直、中国語を話せる人はそこらじゅうにいますし、5、6カ国語を話せるのならまた話は別ですけど、2、3カ国語話せるぐらいならたいしたことないですよね。だから、中国語を使って何か北京でやったという自分なりの実績を残したいと思っていました。
―――――実際、北京での大学生活はどうでしたか?中国人の友人はすぐに出来ました?
北京の大学に本科生として入学したので、当然中国人と一緒に授業を受けるのだろうと期待していたら、実は1、2年生は留学生と中国人は別で、3、4年生以降からやっと一緒になるというカリキュラムだったんです。本科生でも外国人と中国人は別なんだと知って、正直がっかりしました。高校の時と比較すると、周りは日本人ではなくなりましたが、中国にいるのに、やはり周りは外国人だらけという状態だったので、なかなか簡単に中国人の友人ができる環境ではありませんでした。
―――――確かに、中国では、外国人と中国人が別扱いにされることが多いので、中国人の友人を作ろうと思うと自らかなり積極的に動かないとダメですよね。
そうなんです。ただ、そんな状況でしたが、とにかく中国人との交流を広げようと思って、まずしたことは、図書館に行くことでした。そこには、例えば日本語の語学交流の友人募集といった貼り紙があるので、そういうのを見て、中国人に連絡してみました。でも正直あんまり楽しくなかったんです。1週間に1度話すだけで共通の話題もあまりなく、自分の中でしっくりきませんでした。