同事件では、ゴール付近のコプリー広場で2度爆発が発生し、3人が死亡、約260人が負傷した。当時、ボストン大大学院で統計学を学んでいた呂さんは、友人と共にマラソンを観戦していた時に、事件に巻き込まれた。ジョハル被告と兄のタメルラン・ツァルナエフ容疑者は逃亡中にマサチューセッツ工科大学の警備警官も射殺した。タメルラン容疑者は、警察との銃撃戦後に、多数の銃創や自爆装置付きベストからの爆傷と思われる傷が原因で死亡した。
同日、犠牲者となった8歳の男児の検死官も陳述を行った。検死官2人が陳述する際、裁判員らは悲痛な表情で、涙を流す場面もあった。
検察側の証人である検死官2人の陳述が終わると、ジョハル被告側の証人として連邦捜査局(FBI)の現場カメラマンが陳述を行った。
同裁判ではまず、裁判員により有罪が決定された後に、ジョハル被告に対する刑が決定される。検察側は死刑を求める方針であるのに対し、弁護側はジョハル被告の犯行を認めた上で、「事件の主犯はツァルナエフ容疑者で、当時19歳だった被告は兄の計画に従っただけ」と主張している。(編集KN)
「人民網日本語版」2015年3月31日
![]() |
このウェブサイトの著作権は人民日報社にあります。
掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。
Tel:日本(03)3449-8257、080-5077-8156 北京 (010) 6536-8386