日本人はなぜ魯迅を好むのか?
多くの人にとって、魯迅と日本人の関係を理解する上で難しいのは、魯迅が「中国人の国民性を改造」するために日本の良い点を学ぼうとする立場と、当時中国を侵略しつつあった日本に対する「民族的立場」という、全く異なる立場をもつ点ではないだろうか。北京青年報が伝えた。
中国の国語教科書にも掲載されている文章「一面」の中に出てくる魯迅の日本の友、内山完造はその著書の中で、それまで人々に知られていなかった出来事を明かした。内山完造の著書をまとめた中国書籍「我的朋友魯迅(我が友魯迅)」によれば、内山完造は当時、月給50万元で雇われた日本のスパイと容疑をかけられたが、魯迅はこのようなデマを気にする必要はないと言ったという。魯迅本人も円やルーブルを受け取ったと噂されたことがあったが、そのようなデマは歯牙にもかけなかった。魯迅が亡くなると、その夫人・許広平は漢奸として捕まった。内山完造は何度も日本軍と交渉し、毛布を送ったが、許広平がそれを受け取る事はなかった。釈放後に返された品の中からも、1冊の日記が抜き取られていた。デマを流布した人物が誰であるかは不明だが、二人の友人の助け合い、励まし合いからは、温かさが感じられる。
貴重な史料である同書には、魯迅の「謎に包まれた最後の十年間」における、多くの真実が記録されており、内山完造と魯迅の交流、日本人作家が魯迅を好む理由などを読み取ることができる。同書の一篇「先生の言葉」からは、魯迅の勇敢な犠牲精神、真理と科学を尊重し真実を求める精神、青年と自由に対する愛と激励を感じることができる。魯迅が亡くなると、6000人以上の青年が葬儀に訪れた。これは中国でかつてない、今後も起こり得ないことであり、世界的に見ても珍しい出来事だ。今日「先生の言葉」を再読し、魯迅が当時取り上げた問題を振り返っても、依然として魂を揺さぶられる。