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川村元気監督インタビュー(前編)「記憶は花のようだ」 映画「百花」に込めた思い

人民網日本語版 2023年05月12日08:48

中国でも大ヒット中の「すずめの戸締まり」など新海誠作品をはじめとした映画のプロデューサー、脚本家、小説家などとしてマルチに活躍する川村元気氏が、北京国際映画祭に合わせて、初の長編映画監督作品「百花」を携えて訪中した。認知症を扱った同作品について川村監督にインタビューした。人民網が伝えた。

北京国際映画祭で「百花」の上映後に開かれた交流イベントで話す川村元気監督(写真提供・北京国際映画祭)

北京国際映画祭で「百花」の上映後に開かれた交流イベントで話す川村元気監督(写真提供・北京国際映画祭)

■認知症になった祖母のもとに通い続けた1年間

映画「百花」は、認知症になった母親・百合子とその息子・泉の物語だ。認知症の進行とともに多くのことを忘れていってしまう百合子と、そんな母親に戸惑い、苛立ちながらも理解しようとする中で、母との思い出を取り戻していく泉の「最後の1年」を描いている。同作品は海外でも高く評価され、サン・セバスティアン国際映画祭で最優秀監督賞を受賞。原作は川村監督自身が執筆した同名小説だ。

小説執筆のきっかけは、8年前に川村監督の祖母が認知症になり、祖母のもとに1年間通っていた時に起きたある出来事だったという。

「ある日、『僕が初めて釣りに行った時に海で大きい魚を釣ったよね』という話をおばあちゃんにしたら、おばあちゃんが『それは海じゃなくて湖だよ』って言ってきたんですよ。『ああ、やっぱり忘れちゃったんだな』と思って、家に帰って写真を見返していたら、湖だったんですよね、その場所が。つまり、おばあちゃんは覚えてたけど、僕が忘れていたわけです」。

認知症患者だけでなく、実は自分たちも様々なことを忘れ、記憶を書き変えて生きているという発見が小説化の動機になったのだという。

映画化のきっかけは、小説を読んだ俳優の菅田将暉から、泉を演じたいという電話が川村監督にかかってきたことだった。川村監督自身も長編映画を撮りたいと思っていた時期と重なったこともあり、「これは菅田将暉主演で、『百花』という自分の家族を描いた物語を自分で監督して撮るというめぐり合わせなんだなと思って、プロジェクトが進んでいった」のだという。

北京国際映画祭で「百花」(中国語タイトル「我和媽媽的最後一年」)の上映後に開かれた川村元気監督と観客の交流イベント(撮影・張麗亜)

北京国際映画祭で「百花」(中国語タイトル「我和媽媽的最後一年」)の上映後に開かれた川村元気監督と観客の交流イベント(撮影・張麗亜)

■「記憶は花のようだ」

川村監督が祖母のもとに通った1年間で、祖母は多くのことを忘れていった。しかし、川村監督は「それが羨ましくもあった」と言う。

「自分がスマホの中に二度と見ない写真とか、二度と連絡しない人の連絡先とか、そういうのを全部携帯を買い換えるたびにクラウドに上げて、何もかも忘れないように生きてるうちに、何が大事だったか、誰が自分にとって大事な人だったか分からなくなっていた。そんな時に、おばあちゃんはいろんなことを忘れていって、本当に最後は100ぐらいの記憶しかなくて、でもそれがすごくその人にとっては大事なもので、そこがクリアになっていくのを見ていて、忘れていくおばあちゃんに自分にとって大事なものを気づかせてもらった1年間でした」。

原作の『百花』というタイトルには、「記憶は花のようだ」という思いが込められているという。「失われていくからこそ、それが美しいと感じるわけですよね。僕がどうしても造花に惹かれないのは、おそらく枯れないから。花火とか花とか『百花』におけるモチーフは一瞬で消えていってしまうけれど、だから人はそれを愛したいと思うし、それに惹かれるんですよね。AIは絶対忘れないわけだけど、人間は忘れていく。だから、忘れていくってこと自体が人間らしさだなあと思うんですよ」と川村監督。そして祖母が最後に100ほどの記憶しかなかったことを踏まえ、「本当に自分にとって大切な記憶って、数えれば100もないかもしれない。そういうものを象徴する言葉として『百花』を選んでいます」と語った。

中国で出版された「百花」の中国語版「「我和媽媽的最後一年」(撮影・張麗亜)

中国で出版された「百花」の中国語版「「我和媽媽的最後一年」(撮影・張麗亜)

■「近くて遠い家族」を見つめるきっかけに

中国でも、若い世代の間で「年老いた両親の世話」が将来への不安としてのしかかっている。また、認知症も大きな社会問題になりつつある。

川村監督は小説「百花」を書くにあたって、100人以上の認知症患者に取材し、50人以上の認知症医療関係者にも会ったという。そうした取材を経て、「どうして一人で歩いていってしまうのか、どうして同じ物を何回も買ってしまうのか」など、認知症患者の頭の中を知りたくて小説を書き、映画を撮った。「百花」には、認知症患者である母親・百合子の一見不可解に思える行動が、「なるほどこういうふうになってるんだな」と分かるシーンが数多くある。川村監督は、認知症患者に見られるような不完全さも含めて、「自分の中では、親との関係をどう作っていくかというところは、人間として生きていくことそのものだなという結論に至った」と言う。

「百花」の中国語版タイトルは「我和媽媽的最後一年」(僕と母の最後の一年)。中国では、母の日の前々日というタイミングで公開される。それについて川村監督は、「この物語は、忘れていってしまう母親とそれによって母との思い出を取り戻していく息子の物語。それがちょうど母の日を前にして公開になるという運命のようなタイミングに、とても興奮しています。母親というのは、最も近い存在でありながら、最も分からない存在。母親も一人の人間として生きた瞬間があるし、生きている。そういうことを知ることで、母と子供の関係はより深くなるような気がしています。多少驚く出来事がある映画ではあるけれども、そこも含めて、この映画をきっかけに、今近くにいるお母さまとの関係をもう一回見つめていただけるとうれしいなと思っています」とした。(文/勝又あや子)

「人民網日本語版」2023年5月12日

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