防災知識が体に染み付いた日本人
日本人は幼い頃から地震の怖さを良く知っている。彼らと地震の関係は、長い付き合いの知り合いとの関係のようだ。いつ来るか分からないが、突然の来訪に備え、戸棚にはいつも専用の歯ブラシを準備している――。彼らは真面目に地震に備える一方で、気楽に構えているようにも見える。というのは、あまりにも頻繁に地震が発生するため、地震があっても大げさに騒がず、ちょっと言葉を交わすだけで済ませてしまうのだ。筆者も日本に来てからすでに10回以上の地震を経験している。最初のころは留学生同士で「昨日の地震で目が覚めた?」などと大騒ぎでやり取りしていたが、もう留学生ですら地震を珍しがらなくなった。中国青年報が伝えた。
大学の防災ガイダンスでは、地震時の学生の引率(適切な時に学生を建物の外に避難させる)は教師の職責とされているが、ほとんどの教師は地震が起きても何もせず、通常通り授業を続けている。
「気楽」に構えていられるのには理由がある。教師は、小さな地震の危険に対する判断に自信を持っており、学生も十分な知識と自己防衛能力を持ち合わせているのだ。
日本の社会において、地震防災の主体は個人と各家庭であり、政府や組織に依存しているわけではない。震災後の救援よりもまず、地震発生時の効果的かつ迅速な自己防衛が重視される。「自己管理をしっかり行い、他人に迷惑をかけない」――。日本で20年余り暮らす中国人主婦は日本人の性格をこのように形容した。
日本の各社会組織は、その構成員に対して責任を負い、防災知識をしっかりと教え込む。例えば、子供が最初に防災知識を学ぶ場所は家庭だ。以前訪れた日本の友人の家では、キッチンの両開き戸棚の取っ手が紐で結び付けてあった。皿を取り出すたびに紐を解き、取り出した後は結びなおす。友人の母によると、「こうしておけば、地震が起きた時、戸棚の皿が落ちて粉々になるということがない」という。
学校も防災教育にとって重要な場所だ。筆者の大学でも毎学期、初めの講義で防災の内容が取り上げられる。留学生課には外国人学生のために英語で書かれた地震緊急マニュアルが用意されている。
企業も個人が地震に備える上で重要な場所だ。今年の春休み、筆者は1カ月間の短期アルバイトを行った。アルバイトを始めて2週目、職場の責任者がアルバイト全員に対し、防災非常袋を渡した。中にはヘルメット、包帯、手袋、マスク、飲用水、毛布、懐中電灯、ホイッスルなどが入っていた。責任者は袋の中身がそろっていることを確認してからサインするよう要求した。「今後防災袋はアルバイト個人の持ち物になる。中身は自由に使ってもらって構わないが、使用した後は中身を補充するのを忘れないように」。防災袋にはそれぞれ番号が振られ、普段はオフィスの一角に置かれている。
政府による防災知識の宣伝はやや強制性に欠ける。人々は公共の場に立てられた看板、消防博物館や地震体験車などを通じ、自主的に学んでいる。地震体験車(起震車)とは振動装置を搭載した車で、震度7の地震まで体験でき、各自治体や消防庁、消防博物館などに置かれている。
筆者も起震車で震度7の地震を体験した。揺れが始まったら机の下に潜り、慌てずに机の脚をつかむのだという。起震車は突然動き出し、激しい揺れが10秒間ほど続いた。もちろん疑似体験ということで心の準備もあり、しかも事前に机の脚を握っていたが、それでも頭が混乱し、心の中で「早く止まれ、早く止まれ」と念じていた。このような体験は、教科書や授業で学ぶよりも強く印象に残る。
家庭、学校、企業、政府といった社会組織のほかにも、各種イベント(コンサートや座談会)の前には防災説明が放送され、避難ルートが説明される。日本人は小さな頃から様々なシーンで数え切れないほどの防災知識を学んでいるのだ。これらの知識は彼らの体に染み付いている。(編集SN)
「人民網日本語版」2013年5月28日